| 事業についてお聞かせください |
技術者向け社内研修、ISOマネジメントシステム、商店街の街並み設計を行っています。これは右の写真の娘が担当しています。
社内研修では、強い技術者の育成と安全操業の技術伝承、また私自身の経験をもとに技術者が定年後もイキイキとして働くとことのできる生き方を社内研修で伝えています。
ISOマネジメントシステム運営では、すでにISO9001、またはISO14001、またはOHSAS18001、またはその組合せで認証を得ている中小企業さんを対象にし、取得したけれどうまく活用できていないと悩んでおられる社長さんにお目にかかってお悩みを聞いて差し上げます。
娘の商店街の街並み設計では、「『夢』や『言葉』を『絵』や『かたち』にし『実現』する」をテーマにワークショップ等の話合いのプロセスをもって、夢や課題の共有化、合意形成をはかります。
2006年、いわゆる「まちづくり三法」(都市計画法、中心市街地活性化法、大規模小売店舗立地法)が改正され、中心市街地や商店街を取り巻く環境が変わりつつあります。 特に中心市街地活性化法は、今まで以上に、地域のひとびとの参加と協働、そして、自発的な取組みが求められています。
このように、娘の「まちひとこと総合計画室」では商店街活性化にかかる事業展開をしております。 |
| 前職 |
前職という概念はあまりないですね。人生二毛作ではなくて一毛作ですから、今も昔も化学エンジニアをやっています。
以前勤めていた所を言ってほしいとなると、大学院を卒業してから59歳まで三菱化成(現三菱化学)で働いていました。
内容は今とは少し違いますが、化学エンジニアとして一貫して働いているつもりです。つまり「生涯現役エンジニア」です。後述しますが、最近このタイトルで本を出版しました。 |
| 独立を決意した経緯 |
京大大学院修士を卒業して前述の三菱化成に入社する際、指導教官に対して技術実績を上げて「副社長にまでなる!」と告げて出てきました。
そのつもりで頑張っていました。しかしある時、私が推進してやっていたプロジェクトのスムーズな立ち上げに失敗しまして、会社で顔を上げて歩けなくなったんです。
それで1年間仕事を与えてもらえず、副社長を諦めました。定年退職の後まで何か稼ぐ道はないのかと考えた時に資格を取得しようと思ったんです。その時ちょうどISOマネジメントシステムというのが世の中に普及し始めていたので、それを普及させる会社と提携することを考えました。
同時に自分の事業を立ち上げておいて、独自に普及することも考えました。現在に至るまでにこの枠組みが続いていますが、今思えば大変な成功だと思っています。その後、65歳になってから個人事業を法人化しました。 |
| ワークポリシー |
一言でいうと、きっちりやるということですね。依頼してくださる企業様に対してご不満の残らないように仕事を達成することが重要だと考えています。
今も昔もそうですが、仕事というのは長い目で見て世の中の役に立つものを作るということです。その過程において一時期、人と対峙することは多々ありますが、それを避けるのではなく「会社のため、世の中のため」であるということを自分に言い聞かせるとともに相手にも伝えるということです。
つまりやると決めたらやり遂げるということですね。今までの私の人生において、自分でやると決めたことでやれなかったことはないと自負しています。 |
| 立地や事務所のお気に入り |
二世帯住宅の一世帯分を事務所として使用しています。閑静な住宅地ですが、交通の便がいいことですね。駅も近いですし、品川や羽田空港までも近いです。自宅事務所なので、通勤時間がない所もいいですね。この地を私に相続させてくれた御先祖様に感謝します。 |
| 起業の苦労ややりがい |
一番下の子供(前述の娘)が大学院を出るまではしっかり稼がなくてはいけなかったので、収入が継続できたことですね。
あとは夫婦で協力して同じ目標で進んでいけるということです。
それまでは子育てという共通の目標がありましたが、私はもう終わってしまったので、代わりに目標を持てることは非常に良いことだと思っています。
立ち上げる前にとても苦労しまたね。いろいろと考えたのです。しかし会社を立ち上げてからは特に苦労した点はありませんね。今のところは事前に立てた目標通りに進んでいるんです。
今まで培った知恵を活用して中小企業のお役に立つようなISOコンサルティングを強化したいと考えています。そういった次の展開を考えるのは苦労でもありますが、とても楽しいですよ。 |
| 10年後 |
現在71歳ですが、70歳台ではきっちり稼ぐつもりです。しかし80歳になったら無報酬のボランティアとして若いエンジニアを育成していきたいと考えています。
日本工学会が経済産業省から委託を受けた「産業技術人材育成支援事業」の孫請けをやりました。「継続者継続的能力開発のあり方」でした。
この中で、新しい技術者の資格を提案しました。これを広く産業界に周知し、日の目を見させるようにしていきたいと考えています。
そのために執筆活動もしていますし、そういった活動を通して世の中に新しい資格を認識してもらいたいです。
会社自体では、あまり売り上げを大きくしたいとは考えていなくて、現在も将来的にもメンバーや、パートナーというような形でのネットワークを利用しての仕事を考えていて、雇用をするつもりはないんです。
十年後を予想してくれと問われたら、このネットワークを今の10~20倍くらいにすることが目標ですと答えます。 |
| 座右の銘 |
『It is not how much we did, but how well. The will to do, the soul to dare.』です。
この意味は、「沢山やったという事ではない、いかにうまくやったかという事である。それをやり遂げる意思、耐える精神だ」という意味です。
祖父(京都「びわ湖疏水」の田邉朔郎)が工部大学校時代に、当時来ていたお雇い外国人教師教頭(ヘンリー・ダイアー)から頂いた言葉なのですが、私が京都大学で指導を受けた新宮春男教授にもらった言葉「一生懸命やったと言ってこの程度ですか? それでは、自分の無能力を認めているようなものです」と一緒だったんですね。運命的なものを感じて、座右の銘としていつも心掛けています。 |
| 趣味・嗜好 |
著作です。従来から専門とするISOに関する著作は、数件出版していました。
これに加えて「生涯現役エンジニア」を出版しました。これが予想外に売れています。
ISO研修機関最大手のグローバルテクノの砂川社長から「田辺さんはエンジニアとしてだけでなく、ノンフィクション小説の作家の才能も際立っていると思いました。」との御感想を 頂戴しました。とても嬉しいことでした。
右の写真をクリックしてみてください♪ → →
これに力を得て今後は「著作」に力を入れます。健康維持のための「断食修行」と、その過程で勉強した「般若心経」を主軸とした著作です。今後2~3年の内に出版します。 |
| ベンチャーレポート読者へひとこと |
皆様のご成功をお祈りしております。 |
| これから起業する方へのメッセージ |
計画を十分に練ることと、それと併せて選択肢を3つ以上用意し、そこから慎重に決定していくことですね。
あとはそのときの一時の感情で転身しないことです。1年間は十分に考えて、奥さんなど周りの人とも相談して決めるのがよいと思います。生活がかかっていますから。
具体的には7年間の資金繰り表を作って、それを一定の周期で見つめ直すことを繰り返すことです。7年スパンの半年ローリングです。 |